あっさりしたものを望んで入店したはずなのにメニュー表に書かれた「カレー南」の4文字に容易く屈してしまう。注文したときは自分の弱さにガッカリするが、物が届けばそんな落ち込みの5倍は頼んでよかったと幸せになる
鮭が産まれた川にもどってくるようにワタシの鼻や脳みそにもガッチリとあのスパイスと和風だしの香りが記憶されているのだろう

カレー南の「なん」は、南蛮「なんばん」の省略形
カレー南が「カレー南蛮」の略なのは なんとなく理解していたが、南蛮の語源はどこから来ているのか?
調べてみると16世紀、日本にポルトガル人が種子島に漂着しここから日本とヨーロッパの交流がスタートする、ポルトガル人(ヨーロッパ人)はインドや東南アジアを経由して南の海から日本に到着していた。
中国では南の海からやってくる彼らを野蛮な存在とし南の野蛮人、略して南蛮と呼んでいた、日本から見ても彼らは「南の海の向こうから来た西洋人」なので、南蛮地方、南蛮人と呼ぶようになった
このとき日本に持ち込まれたもの(入ってきたもの)を南蛮渡来と呼び、有名なところでは鉄砲やキリスト教、カステラなどの砂糖菓子、織田信長が着用していたマントなどがあげられる。

「なん(南蛮)」の元ネタ2パターン
① 南蛮人(なんばんじん)ルート説 : 南蛮人とよばれた彼らは体調管理や殺菌のためにネギや唐辛子をよく食べていたそうで、それを見ていた日本人は「彼らが好む辛い野菜=南蛮」と呼ぶようになった
そこからネギが入ったソバを南蛮ソバ、鴨肉とネギが入ったソバを鴨南蛮、カレー版がカレー南と名付けられた。
北海道では唐辛子のことを南蛮とよぶこともあるがこれは方言だそうだ。
② 大阪・難波(なんば)ネギ説 : 大阪の難波あたりは昔ネギの産地で、「難波ネギ」という有名な品種がある。大阪ではネギそのものを「なんば」と呼ぶようになり、鴨なんば(=ネギ入りの鴨そば) → 鴨南蛮 と漢字が当てられた、という説もあるようだ
カレー南蛮の創始者は、東京・中目黒にあった蕎麦屋「朝松庵(あさまつあん)」の店主、加藤朝治郎(かとう あさじろう)
単品でも美味いのにカレーとソバを掛け合わせるとは日本人の発想はじつに素晴らしい。カレー南を発明した偉大なる人物を調べてみると、カレー南蛮の創始者は、東京・中目黒にあった蕎麦屋「朝松庵(あさまつあん)」の店主、加藤朝治郎(かとう あさじろう)さん
明治時代末期、流行していた洋食店のカレーライスに対抗するため、1908年(明治41年)頃に蕎麦とカレーを組み合わせた「カレー南蛮」を考案したのが始まりと言われている
東京・浅草で開店した「来々軒」のラーメンが誕生したのが1910年、なんとカレー南のほうがタッチの差だが先輩である
ラーメンもカレー南も100年以上も歴史があることに驚いた。国民食といわれて納得がいく。
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